腎不全と食餌療法
わんちゃんも猫ちゃんも高齢化の時代。高齢になると色々な病気が増えてきますが、高齢期の病気の代表が腎臓病(以前は腎不全と呼ばれることが多かったですが、最近は慢性腎臓病と呼ばれることが多くなりました)。当院でも腎臓病になりながらも元気に過ごしてくれているわんちゃん、猫ちゃんが通院しています。今回は、食餌療法が著効したわんちゃんを紹介いたします。
マックちゃん、16歳、ミニチュアダックスフント
今回紹介するのはマックちゃん(仮名)、ミニチュアダックスフントの16歳(♀)です。16歳と言えば人で言えば80歳を超えています。最初に当院を受診してくれたのが3月上旬です。
その時の主訴が、「胃液を吐き、食欲が落ちている」というものでした。お話を聞いてみると、以前他院で腎臓の数値が高いことを指摘されているようでした。昨年の血液検査の結果を持参して下さっていたので、見てみると
- 血中尿素窒素(BUN):52.1mg/dl
- クレアチニン(Cre):1.7mg/dl
確かに腎臓の数値は高いです。犬の腎臓病は一気に進んでしまうことも経験しておりますので、去年の時点でそれくらい高いとなると、腎臓の状態の悪化が心配になります。
身体検査・血液検査
まずは、マックちゃんの身体検査をしてみます。
年齢のせいか、かなりやせ気味で脱水も強いです。ただし、高齢の割には元気で、ぐったりしている様子はありません。他に乳腺にしこりがありましたが、明らかに全身に影響する異常は見られなかったため腎臓を含めて全身の状態を調べるために血液検査を行います。
血液検査の結果は
- 血中尿素窒素(BUN):69.3mg/dl
- クレアチニン(Cre):4.6mg/dl
腎臓の数値、特にクレアチニンが高くなっています。そのほか、軽度の貧血や肝酵素の若干の上昇はありますが、大きな異常は認められません。
慢性腎臓病が進んでいる
血液検査の結果からは慢性腎臓病が進んでいることが疑われます。
BUNは脱水の影響によって上がりやすいため、嘔吐や食欲不振で上下することは多いですが、クレアチニンは脱水の影響を受けにくく、腎臓の機能を反映しやすいです。その数値が前回の2倍以上、正常値の3倍程度になっています。
状況によっては入院も考えることがありますが、かなり高齢であることと、調子が悪ければ通院ができるということで、初診時には
- 皮下点滴(胃薬含む)
- 胃薬の内服
- 腎臓病の療法食(缶詰)の処方
- 腎臓病療法食(ドライ)のサンプルの処方
以上によって経過を見ることにしました。
療法食を食べてくれた!
その後、飼い主様がフードを取りに来てくれました。缶詰フードをかなりたくさん食べてくれたようです。
調子が良くなったということで、また一週間後に再診にして、その間は療法食を食べてもらいました。
1週間後の血液検査
調子を崩すこともなく1週間後、再診です。
体重は増えては来てはいませんでしたが、吐くこともなく食欲もバッチリとのことです。
身体検査をして変化がないことを確認し、血液検査を行います。その結果
- 血中尿素窒素(BUN):32.4mg/dl
- クレアチニン(Cre):1.5mg/dl
なんと、腎臓の数値が正常値の上限近くまで下がっています。その間にやっていただいていたのは、食餌の変更のみです。その後、まだまだ痩せているので食餌量を少し増やしてもらうようお伝えし、また2週間後に血液検査をしてみると
- 血中尿素窒素(BUN):29.3mg/dl
- クレアチニン(Cre):1.5mg/dl
正常値上限付近で維持できています。体重も一気に600g増え(少し短期間で増えすぎですが・・・)絶好調のようです。
腎臓病になぜフードが必要なのか?
腎臓病の治療に関しては、IRIS(国際獣医腎臓病研究グループ)によってガイドラインが整備され、状態に合わせた治療ができるようになりました。
その中でもやはり重要なのが腎臓病用のフードです。
老廃物を減らす
腎臓はかなりたくさんの働きがありますが、その中でも重要なのが老廃物の排泄です。
毎日生活をしていると老廃物が体に溜まってきます。老廃物の種類によっては吐く息の中に排泄したり、便の中に出したりできるものもありますが、その多くは腎臓から尿中に排泄することになります。
特に、たんぱく質の老廃物は基本的に腎臓からしか排泄できません。腎臓病によって腎臓の機能が落ちると、たんぱく質の老廃物を排泄できなくなり、体に蓄積してしまいます。その代表がBUNやクレアチニンです。
そこで、腎臓病用のフードはたんぱく質の制限がしてあります。たんぱく質は体に必要なものですが、最小限のたんぱく質を食べさせることで、腎臓の負担を減らすというのが腎臓病食の目的です。同じような目的で、腎臓病食ではリンの制限もされています。
腎臓のダメージを減らす
腎臓病食のたんぱく制限は、腎臓の負担だけでなくダメージを減らせるとも考えられています。腎臓病では、腎臓の炎症などから腎臓からタンパクが漏れやすくなります。たんぱくの老廃物は腎臓から排泄されなければなりませんが、たんぱくそのものが腎臓から漏れると、腎臓のダメージがさらに強くなってしまいます。低たんぱく食を食べさせることで、腎臓から漏れるたんぱくを減らすのも、腎臓の保護のために大切だと考えられています。
また、犬猫用の腎臓病用フードは塩分制限もしてありますが、こちらも腎臓のダメージの軽減のために大切です。腎臓病では、糸球体高血圧(腎臓の中の血圧が上がる状態)になることが多く、そうなるとタンパクが漏れて腎臓に負担が強くなると言われています。
腎臓病の治療は状態に合わせて
ここ数年で犬と猫の腎臓病の治療は非常に進みました。腎臓病用の薬も多数発売され、腎臓病があっても元気で長く生きられる子も増えてきています。
ひとえに腎臓病と言ってもその状態や進行具合はさまざまです。進行スピードや必要な治療もその子その子によって違います。マックちゃんの場合には、食餌療法だけでいい状態を保てていますが、このままいい状態を保つためには、血液検査だけでなく、尿検査やエコー検査なども必要になってきます。
慢性腎臓病は基本的には完治しない病気ですが、元気に長生きできることも少なくありません。高齢の子に負担をかけた検査や治療を行うのは抵抗がある方も多いと思いますし、私もあまりお勧めしませんが、マックちゃんのように負担ない治療で元気に生活できることもあります。「高齢だから」と思わず、まずはご相談だけでもしてみてくださいね。