アジソン病(副腎皮質機能低下症)~原因不明の体調不良、実は・・・
犬や猫の病気には、劇的で特徴的な症状が出る病気(いわゆる分かりやすい病気)と、症状がぼんやりとして特徴的ではない病気(いわゆる分かりづらい病気)があります。また、血液検査やレントゲン検査で簡単に診断できる病気もあれば、その病気を疑って特殊な検査を行わないと診断できない病気があります。
分かりやすく診断も簡単な病気は、動物病院に1度受診するだけで診断してもらえることができることは多いです。一方、わかりづらく、一般的な検査で診断がつかない病気はしばしば「原因不明」となってしまうこともあります。今回は、そんな原因不明とされやすい病気、「アジソン病(副腎皮質機能低下症)」についてお話しします。
体調不良が続くトイプードル
今回ご紹介するのは、体調不良がしばらく続くトイプードル(8歳・避妊済♀)のチョコちゃん(仮名)です。
なんとなくの体調不良が続く・・・
チョコちゃんは、数か月前から何となく元気や食欲がなく、震えや後肢のふらつきなどの症状が続いているとのことでした。
食欲や元気は全くないということはないものの、寝ている時間が多く、体重も徐々に減ってきているとのこと。体を触ると何か嫌がるようなそぶりがあり、震えやふらつきも気になるようです。
病院に来ると、他の犬にワンワン吠えたり、元気そうに見えますが、お家では数か月前と比べて体調が悪そうだと飼い主さんは感じていました。
検査では大きな異常なし
チョコちゃんは当院の受診前に、かかりつけの動物病院にかかり、検査や治療などのために通院をしていました。
他院で行った血液検査を見せていただきましたが、炎症の数値(CRP)とカリウム(K)がわずかに高い以外には大きな異常は見当たりませんでした。他にも、超音波検査や甲状腺ホルモンの検査なども受けていましたが異常なしとのこと。
体調不良が続くものの原因がわからず、抗生剤や点滴、ホルモン剤などによる治療をしながら経過を見ていましたが調子は上がってこず、セカンドオピニオンとして当院を受診されました。
当院での診察
当院にかかられたのが7月後半。まずは今までの検査結果を見せていただき、問診や身体検査をしたうえで必要と思われる検査を行いました。
全身状態チェックのための検査
まず最初に行ったのは、
- 他院で異常が認められた項目を中心とした血液検査
- レントゲン検査
です。血液検査は、異常が認められた項目がどう変化しているのかを調べる目的で行いました。また、症状や身体検査からは、ヘルニアなどによる腰の痛みなども疑われたため、他院で行っていないレントゲン検査も行いました。
その結果として、やはり
- 軽度の高カリウム血症:K=5.2mEq/L(正常値3.6~5.2mEq/l)
- CRPの高値:CRP=4.7mg/dl)
を確認し、レントゲンでは明かな異常は認めませんでした。
追加のホルモン検査(ACTH刺激試験)
以上の検査結果より、いくつかの病気の可能性を考えましたが、チェックすべき病気としてアジソン病(副腎皮質機能低下症)が鑑別診断のトップに上がりました。アジソン病についての詳しい話はこの記事の後半にありますので、参考にしてみて下さい。
アジソン病の確定診断を付けるためには、ACTH刺激試験が必要になります。
ACTHは「副腎皮質刺激ホルモン」と呼ばれるホルモンであり、体が副腎皮質ホルモン(コルチコイド)が必要と感じると、脳下垂体と呼ばれる部位から分泌されるホルモンです。ACTH刺激試験では、合成のACTHを注射して、コルチコイド(コルチゾール)がどれくらい分泌されるのかを見ます。
コルチゾールは外部の検査センターで測ってもらう必要があるため、検査結果は数日後になります。今回チョコちゃんのACTH刺激試験の結果、コルチゾールの数値は検出限界以下、つまり体の中でほとんど分泌されていないことが分かりました。この結果、チョコちゃんは「アジソン病との診断になりました。
治療はホルモン剤の内服
アジソン病は基本的には治りませんが、不足するホルモンを内服薬として飲むことで普通の生活ができる病気です。チョコちゃんにもさっそくホルモン剤を飲んでもらうことにしました。
ただし、このホルモン剤は非常に高いお薬になります。基本的に一生飲む必要のある薬ですので、日本製より安価な海外製を取り寄せることで薬にかかる費用を安く済ませられるようにしました。
2週間後くらいから調子上昇
チョコちゃんにホルモン剤を飲んでもらうこと2週間。投薬後一週間ではあまり変化が見られなかったチョコちゃんの調子が明らかに良くなってきました。飼い主さんも「数カ月ぶりにドライフードを自分から食べた!」と喜んでらっしゃいました。
体重も300gほど増えて、ふらつきも改善しています。血液検査ではカリウム濃度が改善し、CRPも正常値化するなど検査結果もいい方向に向かっていました。
現在、チョコちゃんは2種類飲んでいるホルモン剤のうちの一種類を少しずつ減量しているところですが、今のところ調子がいいようです。最終的には1種類を減量できるだけ減量し、定期的に経過を見ていく予定です。
アジソン病とは
では、アジソン病について簡単に解説いたします。まず、アジソン病は、副腎(ふくじん)という内分泌組織から「副腎皮質ホルモン(コルチコイド)」が出にくくなる病気です。
副腎ってどんな臓器?
副腎は、腎臓の近くにある幅数㎜の非常に小さな臓器です。副腎という名前からは腎臓と近い働きをしていると勘違いしてしまいやすいですが、副腎は腎臓の近くにあるというだけで、働きは腎臓とは全く違います。
副腎の働きは内分泌(内分泌)。内分泌とはホルモンを分泌する働きのことです。副腎には髄質(ずいしつ)と皮質(ひしつ)という2つの部位があり、それぞれ違うホルモンを出します。
副腎髄質からは、「アドレナリン」「ノルアドレナリン」「ドーパミン」の3つのホルモンが作られます。これらのホルモンは、興奮や運動などによって必要になった時に分泌され、心拍数や血圧をあげる働きをします。
副腎皮質からは「糖質コルチコイド」と「鉱質コルチコイド」が分泌されます。前者は主に血糖値、後者は主にミネラル(電解質)を調節し、間接的に血圧の調節にも作用します。
つまり、副腎は非常に小さな臓器ではあるものの、体にとって必要不可欠なホルモンをいくつも分泌する重要な臓器なのです。
アジソン病とは?
アジソン病は、副腎の中でも副腎皮質からのホルモン分泌が低下する病気です。アジソン病は犬ではそれほど珍しい病気ではありませんが、猫のアジソン病は非常にまれであり、私も出会ったことはありません。逆に副腎皮質から異常にホルモンが分泌される病気が「クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)」であり、犬ではアジソン病より一般的な病気です。
ちなみに副腎皮質ではなく、副腎髄質の機能が低下する病気は犬や猫では聞いたことはありませんが、副腎髄質の腫瘍(褐色細胞腫)は、副腎髄質ホルモンが大量に分泌される病気であり、かなりまれではありますが犬や猫に発生することがあります。
アジソン病の原因
アジソン病の原因は不明です。中年以降の犬に出ることが多く、自分の免疫が副腎皮質を攻撃してしまい、ホルモンが出にくくなるのではないかとも言われています。アジソン病は副腎皮質の機能が回復しない不可逆的な病気であるため、基本的に薬を飲み続ける必要があります。
好発犬種
私の経験からは、アジソン病はトイプードルに発生が多い病気です。私が自分でアジソン病と診断した7例のうち、4例がトイプードルでした。他はミニチュアダックスフント、パピヨン、ラブラドールレトリーバーです。
成書にはスタンダードプードルやボーダーコリー、テリア系の犬などが好発犬種とされています。
アジソン病の症状・診断・治療
アジソン病を疑って、診断し、治療する流れは以下の通りです。
アジソン病の症状
アジソン病は、その病気に特有の特徴的な症状が出ないため、症状のみからアジソン病を疑うことは非常に難しい病気です。よくある症状としては
- 元気の低下
- 食欲の低下
- 震え
- 多飲多尿
- 触られるのを嫌がる
- 下痢・嘔吐
などが挙げられます。ただし、これらの症状は他の病気でもよく出てくる非特異的な症状となります。
アジソン病の診断
アジソン病は、まずは全身状態のチェックをしたうえで血液検査を行い、診断していきます。血液検査では、ナトリウムの低下とカリウムの上昇(Na/K比の低下)が出て来ることが多いですが、Na/K比が正常でもアジソン病を否定することはできません。一般的には、血液検査やレントゲン検査、超音波検査などで大きな異常を認めず、アジソン病を疑う症状がある場合には、確定診断のためのホルモン検査を行います。
確定診断のためのホルモン検査には、チョコちゃんに行ったようなACTH刺激試験が必要になります。
アジソン病の治療
アジソン病の治療は、足りないホルモンを補充するために内服薬を飲むことです。治ることがない病気ではありますが、治療がうまくいくと薬を飲んでいれば普通に元気に長生きできます。
アジソン病の犬を飼う上での注意点
アジソン病に罹患した犬では、治療中でも以下の点に注意してください。
急なストレスに注意
副腎皮質ホルモンは、ストレスに対抗するために体の中で分泌されるホルモンです。普段の生活では、飲み薬でホルモンを補充することで元気に生活することができますが、何か強いストレスがかかった時には通常飲んでいるホルモンの量では足りず、調子を崩してしまうことがあります。
アジソン病の犬には、極力ストレスがかからないように気を付けてもらうとともに、トリミングやホテルなどのストレスがかかるようなシチュエーションがある場合には要注意です。ストレスで調子を崩す犬の場合には、その時だけ薬を増量するという方法をとることもありますので、状況によって薬の量の相談をしてもらうといいでしょう。
定期的な動物病院の受診を
必要な薬の種類や量は調子を見ながら、調節する必要があります。いったん調子が安定しても、徐々に薬の必要量が減ったり増えたりすることがあります。
そのため、定期的に血液検査などを受けるとともに、お家でも体調の変化がないかしっかりチェックしてもらう必要があります。当院では調子が安定するまでは2週間~1か月、安定してからは2~3か月おきの検診を行い、アジソン病をコントロールしています。
アジソン病まとめ
アジソン病についての簡単なまとめです。
- 特徴的な症状が出にくく、時に原因不明の体調不良とされてしまうことがある
- ホルモン検査(ACTH刺激試験)でアジソン病の診断ができる
- 治療は内服薬で、薬をしっかり飲んでいれば元気に長生きできることが多い
- トイプードルの体調不良ではアジソン病に要注意
もし、何かアジソン病が疑わしい症状がる場合には、早めにご相談くださいね。