当院で行うFIPの治療:レムデシビルとGS441524
FIP(猫伝染性腹膜炎)は以前は猫の不治の病と考えられていましたが、ここ数年で治療薬と治療方法が確立し、発症しても助けることができるようになってきました。
当院でも2年前より海外の承認薬を輸入してFIPの治療を行っています。
このページでは当院で行うFIPの治療について簡単にご紹介させていただきます。
FIP(猫伝染性腹膜炎)とは?
FIP(猫伝染性腹膜炎)は猫コロナウイルス(FCoV)による感染症であり、発症すると腹膜炎を起こし腹水がたまることが多いため、この名前が付きました。
FIPとは
FIP(猫伝染性腹膜炎)の原因となるのは猫コロナウイルス(FCoV)と呼ばれるウイルスです。ただし、FCoV自体がFIPを起こすのではなく、FCoVが猫の体内で変異を起こし猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)となって、FIPを発症すると言われています。
通常のFCoVは腸炎を起こすことがあるため、腸コロナウイルスとも呼ばれます。感染していても症状を示さないことも多く、血中抗体の検査による調査では、日本の猫の50%以上が感染したことがあるというデータも出ています。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/dobutsurinshoigaku/19/2/19_2_35/_pdf/-char/ja
FCoVがFIPVに変異をする原因は現在わかっていませんが、FCoVの一部(10%程度?)が何らかの原因で変異をして、FIPを発症すると言われています。他頭飼いなどストレスの多い環境ではFIPが発症しやすいと言われています。
FCoV(腸コロナウイルス)は水平感染(猫ちゃん同士の接触で感染すること)すると言われていますが、現時点ではFIPV(猫伝染性腹膜炎ウイルス)は水平感染しないというのが定説となっています(水平感染の可能性を示唆する情報もあるので注意は必要です)。
FIPの症状
FIPを発症した猫は、初期には元気や食欲の低下や発熱などの非特異的な症状を起こすことが多いです。そのため、「何か体調が悪そう」という主訴で動物病院を受診することも少なくありません。生後3カ月~1歳の若齢猫で多い病気ですが、成猫でも時々発症することがあります。
FIPには「ウェットタイプ」と「ドライタイプ」という2種類のタイプがあり、上記の症状以外に、それぞれ以下のような症状を起こします。
ウェットタイプは腹水がたまるタイプのFIPであり、腹水による腹囲膨満や食欲不振、下痢などが出てくるケースが多いです。腹水以外にも胸水(胸に水がたまる事)が出ることもあり、その場合には呼吸の異常(呼吸が早い、呼吸が大きいなど)が出てきます。1歳未満の比較的若い猫でこのタイプのFIPを発症するケースが多いです。
ドライタイプは肉芽腫と呼ばれるしこりを体の中に作るタイプのFIPであり、元気や食欲の低下などの非特異的な症状以外に特徴的な症状が出にくいタイプのFIPです。一部の猫では、眼球内に炎症を起こして眼が濁ってきたり、脳に肉芽腫ができてけいれん発作や起立不能などの神経症状を起こすことがあります。
生後半年以内の若い猫では症状の進行が早いことも多く、放置すると数日で命に関わる状態に陥ることがあるので、気になることがあれば早めに動物病院で検査を受けることが必要です。
FIPの可能性がある症状
元気食欲の低下・発熱・呼吸の異常・下痢・嘔吐・目の濁り・ふらつきなど
FIPの診断
FIPは、1つの検査で診断できることはほぼ不可能であるため、いくつかの検査を組み合わせて診断していきます。
超音波検査
腹水の有無や腹腔内のリンパ節の腫大の有無をチェックするためなどに行います。
血液検査
FIPを発症した猫では、血液中の炎症の数値や猫コロナウイルス抗体の数値が上がることが多いです。また、血液の中にウイルスが存在するのかどうかを調べることもあります。
腹水検査
ウェットタイプの猫では、腹水中にコロナウイルスの抗原が見つかることがあります。リンパ腫や細菌性腹膜炎などその他の腹水が溜まる病気の鑑別のためにも必要な検査になります。
以上の検査を症状や経過およびその他の検査と組み合わせて、総合的に診断していきます。診断が難しい場合には薬への反応を見る「試験的治療」を行うこともありますが、いくつかの検査を組み焦ることでほとんどのケースでは確定診断に近い診断を行うことが可能です。
FIPの治療
FIPの治療は、最近では内服薬であるGS-441524による内服治療のみで行っていくことが多くなってきています。注射薬のレムデシビルを使うこともありますが、食欲が少しでもあり内服薬を飲める場合には、内服薬のみで十分治療が可能となっています。
GS441524の内服
食欲廃絶しているような重症例以外では、初期からGS-441524と呼ばれる内服薬による治療を開始します。当院では、イギリスのBOVA社から正規のルートで輸入した安全なGS-441524錠を使用しています。食欲がなく、治療導入に注射(レムデシビル)を使用した症例では、食欲が出てき次第GS-441524に切り替えていきます。
小さい錠剤のお薬を、猫の体重に合わせて1日1回内服してもらいます。
(1日2回の投薬の方が効果が高いという報告が出てきていますので、飼い主様の状況によっては1日2回の投薬に変更していっています)
大きな副作用のない薬ですが、薬の効果や有害反応のチェックのため、1-2週間に1度通院してもらい血液検査や超音波検査などをしていきます。
経験上、投薬数日で一般状態が大きく改善し、1-2週間でほぼ症状が消失する例が多いです。
内服薬は通常12週間(84日間)続けて、FIPが緩解(症状や検査で異常が認められない状態)になっていればいったん治療を終了します。費用的に継続が難しい場合は症状によって6-9週で終了することもあります。
レムデシビルの注射
レムデシビルは人の新型コロナウイルスの治療にも使用する薬です。食欲がある猫では必要ありませんが、発症初期で食欲がない猫には内服が難しいため連日注射を打ちます。
かなり状態が悪い猫の場合は、数日~1週間の入院治療を行うことがあります。
FIPの治療成績
FIPの治療に関してはいくつかの論文で報告があります。
この論文では、31頭の猫を対象にレムデシビル及びGS441524の投薬治療を行い、
- 26頭(84%)がFIPの改善
- 5頭(16%)が改善なく死亡(安楽死)
という治療成績を報告しています。
また、改善した26頭のうち、18頭(58%)が治療終了後の追加治療を必要とせず、8頭(26%)は再発により再度投薬治療を必要としたとのことでした。つまり、投薬治療をした猫の半数以上が完治している可能性があるというデータが出ているのです(まだ長期の調査データは出ていません)。
当院では、2024年6月現在、2022年9月より19頭の猫の治療を行ってきており、全頭の治療が成功しています。最長1年6か月の経過観察を行っており、再発例も見られません。当院の治療成績や最近の報告を見る限り、GS-441524の投薬によるFIPの治療成績はかなり良くなっている可能性が高いです。今後も半年ごとにデータを更新していく予定です。
FIP治療のメリット・デメリット
以上のようにレムデシビルおよびGS441524によるFIP治療は非常に効果の高いものとなっております。治療におけるメリットとデメリットは以下の通りです。
新しいFIP治療のメリット
高い治療効果を期待できる
今までの治療では、炎症を抑えて症状を緩和するためだけの治療しかできませんでしたが、新しいFIP治療では高い治療効果が期待でき、完治できる可能性も非常に高くなっています。
法律面・倫理面・安全面で問題ない治療ができる
一部の動物病院で行われている中国製のFIP治療薬(MUTIANやCFNなど)はGS441524に類似した成分の入った薬ですが、成分がはっきりしておらず、他の製薬会社の特許権侵害をしている可能性が指摘されている薬です。法律面・倫理面でグレーな側面があり、安全面にも疑問点がある薬でした。しかし、レムデシビルとGS441524を合法的に輸入できるようになり、それらの面での懸念なく治療をすることが可能になりました。
また、最近ではモルヌピラビルと呼ばれる輸入薬による治療データも増えてきていますが、副作用や変異による危険性がGS‐441524よりも高いと考えられており、人の新型コロナウイルスの変異を起こす可能性もあると考えられていることからも、モルヌピラビルは第一選択薬にするのはリスクがあると考えられています。
新しいFIP治療のデメリット
長期的な効果や副作用が不明
レムデシビルおよびGS441524によるFIPの治療は3-4年前に初めて報告があった新しい治療法となっております。そのため、長期的な効果や副作用についての報告はまだ存在せず、数年後の効果(再発率)や副作用については不明な点があります。
費用が高額
レムデシビルおよびGS441524は高額な薬であるため、どうしても治療が高額になってしまいます。体重や状態によりますが、12週間の治療総額は検査や内服薬を含めトータルで50~100万程度かかってきます。
当院でのFIP治療の流れ
当院でのFIP治療の流れと費用
- 問診と身体検査からFIPを疑ったら、検査を行う(検査費用約1.5—2万円)
コロナウイルス抗体検査や抗原検査は外部検査センターに送るため数日かかります。
また、他院からの紹介の場合、検査結果を持ってきていただければ、検査結果によってはそれだけで診断を行うことも可能です。 - 状況によって治療を開始する
検査結果が揃っている場合や、典型的なFIPの症状や所見がある場合にはその日から治療を開始することもあります
その日の診断が難しい場合には、外部検査結果を待ってから治療を開始します - 1週間分の内服薬を処方する(内服代金3-7万円)
状態が悪くなく、入院や通院が必要ない場合には、1週間分の治療薬を処方します
状態が悪い場合には、入院や通院で注射を打ちます
内服薬は一括でいただくわけではなく、処方した分だけいただきます(体重によって必要な薬の用量が異なるため、1週間分で3-7万円程度となります。4—5㎏の猫であれば1週間分税込54,000円程度です) - 1週間後に再診
血液検査とエコー検査を行います(検査費用約1万円)
検査結果と調子によって1-3週間程度の内服薬を処方します(内服代金8-21万円) - 1-3週ごとに再診
その後は調子によって1-3週ごとに再診に来ていただきます。 - 12週の治療後に最終的な緩解(治癒状態)のチェック
治療12週後に最終的な治癒状態のチェックをします。血液検査・外注FIPウイルス抗原検査・エコー検査を行います(検査代金約1.5万円)
費用が難しい場合には状況によっては6週で治療を終了することもあります(6週で治療を終了した場合には、再発率が高くなる可能性があります)。
治療終了後には、定期的に再発のチェックに来ていただくことが多いです。再診の間隔は1か月後、3か月後、半年後、1年後、その後は1年に1回の再発チェックを推奨させていただいております。特に再発兆候がなければ検査費用は再診1回あたり5,000円~1万円程度となります。