当院で行う猫の避妊手術
1.術前検査
手術の前に、まずは全身麻酔のリスクがどの程度あるのかどうか、術前検査を行います。術前検査に含まれる内容は以下の通りです。
●身体検査
視診・触診・聴診などで異常がないかをチェックします。
●血液検査
身体検査ではわからないような内臓の状態をチェックします。
検査内容:貧血の有無、白血球や血小板の増減、肝臓・腎臓・血糖の数値、血糖値やタンパクの量など
2.手術と麻酔の準備
手術の時間が近づくと、診察の合間を見ながら看護師が手術の準備を始めます。
3.注射による麻酔導入
術前検査で大きな異常がなければ、麻酔をかけます。当院では若い健康な猫には、3種類の薬剤(麻酔・鎮静・鎮痛作用のある薬剤)を混合し、筋肉注射を行います。
筋肉注射に使うのは以下の3種類の薬剤です。
●メデトミジン
●ミダゾラム
●ブトルファノール
これらの3種類の麻酔薬を使うことで、それぞれの麻酔の量を減らし、麻酔が深くなりすぎるのを防ぐことができます。こういう麻酔法はコンビネーション麻酔と呼ばれ、全身麻酔のリスクを少なくしつつも、適切な鎮痛作用や麻酔深度を保つことができます。
麻酔薬と同時に抗生物質や鎮痛剤の注射も行います。
4.気管挿管と吸入麻酔
注射の麻酔を行って5~10分経つと、麻酔がしっかり効き始め、猫は意識を失います。
その状態になったら、気管にチューブを入れる気管挿管を行います。
気管挿管を行う目的は以下の通りです。
●確実に酸素と麻酔を吸入させる
●呼吸が止まってしまった場合でも人工呼吸をかけることができる
気管チューブを挿管することで、体内の酸素濃度や麻酔の濃度を安定させ、万が一呼吸が止まってしまっても酸欠を起こさないようにすることができます。気管チューブからは、麻酔中は常に適量の酸素とガス麻酔(イソフルラン)が流れていきます。
また、当院の手術台には保温機能も付いているため、手術中は台を常に38℃程度に保つことができます。長時間の手術でも体温低下を起こす心配なく手術を行うことができます
5.モニター装着
次に、全身の状態をリアルタイムで評価するために、生体情報モニターを装着します。
生体情報モニターを使うことで、以下のような体内情報をリアルタイムで把握することができます。
●心電図:心拍数および異常な心臓の動きの有無
●酸素飽和度計(SpO2):体内の酸素の濃度や脈拍数
●二酸化炭素濃度計(ETCO2):呼吸数や呼吸の深さ、代謝の状態など
●血圧計:血圧(循環の状態)
●体温計:体温
これらのモニターにより、麻酔の深度や体内の状態を常に監視することができ、何か変化があった場合にはすぐに対応が可能となります。
また、麻酔の影響により自発呼吸(自分で行う呼吸)が止まってしまったり弱くなってきた場合には、人工呼吸器を作動させることで呼吸をアシストすることができます。
6.毛刈り・消毒
モニターで全身状態を確認し、問題がなければ手術の部位の毛刈りと消毒を行います。
毛刈りは手術内容によってその範囲が違いますが、猫の避妊手術では、おへその周囲15㎝程度の毛を刈ります。手術部位に毛が入ってしまうと、術部の感染の原因となるため、術野に毛が入らないよう少し広めに毛刈りをします。
毛刈りができたら、術野の消毒を行います。アルコールやイソジンなど数種類の消毒薬を使い、術野を十分に滅菌します。
7.手術開始
これでやっと手術を開始することができます。麻酔を注射してから手術開始まで通常15分程度かかります。
➀ 手洗い・滅菌グローブ装着
手術前に術者(院長。犬の避妊手術は助手も入ります)は手をきれいに洗います。その後、ラビング法と呼ばれる、揮発性の消毒薬により、手指の消毒を行い滅菌グローブを装着します。
➁ 手術準備
実際に手術を始める前に、メス刃の装着や滅菌ドレープの設置、半導体レーザーの準備など、滅菌状態で実施する必要のある準備を行います。
手術に使う鉗子や鑷子(ピンセット)、鋏や糸などを使いやすいように準備して、手術がスタートします。
⓷ 皮膚の切開
避妊手術の最初の手技は、皮膚の切開になります。
猫の卵巣摘出術では、皮膚の切開は約3㎝になります。若い猫ちゃんの場合には、皮膚の切開ではほとんど出血はありませんが、出血がある場合には止血しながら切開をすすめます。
⓸ 腹壁(腹筋)の切開
皮膚の切開が終わったら、腹壁を切開し、開腹します。
通常、腹部の開腹には、筋肉自体を切る必要がない腹部正中切開を行います。腹部正中切開は、左右の腹直筋の間にある白線(白線)を探し、その部位で切開を行っています。筋肉を切らないようにすることで、開腹の痛みを最小限にすることができます。
白線にメスで穴を開け、その前後に外科剪刀(ハサミ)で切開線を広げます。
手術中は麻酔担当の看護師が、モニターや猫の状態を常に監視し、何か異常がないかをチェックしています。異常があった場合には、獣医師の指示により麻酔濃度の調節などを行います。
⓹ 卵巣の牽引
開腹できたら、お腹の中の卵巣を腹腔外に牽引します。
卵巣は大きさ数㎜の非常に小さな臓器です。しかも、卵巣は腎臓のすぐ近く、背中の方にあるため、切開したお腹側からは非常に遠い位置になります。そこで役立つのが「子宮釣り出し鈎」です。
子宮釣り出し鈎はその名の通り、子宮を釣り出すための器具です。先端が丸くなっており、お腹の中に入れても他の臓器を傷つけることがない器具になります。この器具を、お腹の中に入れ、子宮があると思われる部位に進めてゆっくり引き上げます。うまく子宮が引っ掛かっていれば子宮と一緒に卵巣が腹腔外に引っ張られてきます。
子宮釣り出し鈎で子宮と卵巣を腹腔外に牽引しているところ
⓺ 血管のシーリング・切断
半導体レーザーの熱によって血管をシーリングすることで、糸を使わない血管の処理が可能になります。半導体レーザーのメリットは
●体内に糸を残さない
●糸の緩みなどの心配がいらない
●手術時間を短縮できる
●卵巣の取り残しのリスクが少ない(切除断端はレーザーの熱が加わるため)
取り出した左右の卵巣。卵巣がきっちり取れているか確認します。
ということです。
半導体レーザーで血管を処理(シーリング)しているところ。シーリングしている血管が少し白くなっています。
半導体レーザーで血管がしっかり処理できたら、卵巣を切除し取り出します。片側の卵巣の切除が終わったら、もう一方も同じように牽引し、レーザーで処理して切除します。切除した卵巣は、取り残しなくきれいに取り切れているのかをしっかり確認します。
取り出した左右の卵巣。卵巣がきっちり取れているか確認します。
⓻ 閉腹
卵巣の切除が終わったら、お腹の中に出血が見られないか、指やガーゼで確認し、問題なければ閉腹します。
まずは白線で切断した腹壁を縫い合わせます。縫合の方法は病院によってさまざまですが、当院では合成吸収糸(数か月で体内で溶けて吸収する糸)で連続縫合します。
腹壁を縫い終わったら、皮下組織を縫い合わせ、最後に皮膚を縫合します。皮膚の縫合は、通常医療用のステンレスの糸を使って単結節縫合で数針縫います(猫の場合2~3針の縫合になることが多いです)。離開のリスクが少なく、希望がある場合には、皮膚の下に糸を隠す「埋没縫合」と呼ばれる縫合を行うことも可能です。埋没縫合は追加料金が必要になりますが、抜糸は必要ありません。
あいちゃんは、埋没縫合の傷の治癒過程を確認するため、埋没縫合で縫いました。
腹壁を縫い合わせているところ。針の付いた合成吸収糸で連続縫合します。
8.服を着せて覚醒
手術が終わると、術衣を作って着せて目を覚まさせます。当院では、ストッキネットという大きな包帯のようなものに、手足が出る穴を開けて服を作ります。ストッキネットはどのような体型の猫にも合わせて作ることができるため、大変重宝します。
服を着せたら麻酔の拮抗薬(アチパメゾール)を注射して覚醒させます。
手術が終了し、服を着せた状態のあいちゃん。麻酔の拮抗薬を使って目を覚まさせます。
手術終了1時間のあいちゃん。本来安静にしてほしいのですが、元気過ぎてやんちゃしています。若いわんちゃん猫ちゃんは、麻酔後1時間でもこんな感じに元気なことが多いです。
9.術後の経過
術後は抜糸までの間は当院で作った服を着ておいてもらい、傷口を保護します。
通常の縫い方で皮膚を縫合した場合には抜糸が必要になります。術後1週間~10日後に来院してもらい抜糸をします。抜糸は数秒で終わり、ほとんど痛みはありません。
あいちゃんのように埋没縫合を行った場合には、抜糸の必要はありません。ただし、5~7日程度は服を着て傷口を保護しておく必要があり、それくらいの期間で傷口のチェックに来院してもらいます。
術後1週間のあいちゃんの傷。もうほとんどわからなくなっています。若い子では抜糸の時にはすでに毛が生えてきていることも珍しくありません
10.猫の避妊手術まとめ
当院で行う猫の避妊手術のまとめです。
●生後5か月以降で実施可能
●手術前の術前血液検査実施
●全身麻酔(注射とガスによるコンビネーション麻酔)下での開腹手術
●各種モニターや人工呼吸器、保温器具完備
●若くて子宮に異常が認められない猫は卵巣摘出術(子宮は切除しない)
●半導体レーザーを使うことで体内に糸を残さない(腹壁は吸収糸で縫うため数か月で糸は消失)
●一泊入院
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